和久さんと周子さんは共に体操で高校総体に出場し、和久さんは優勝した。和久さんは92年に脱サラし、貯金など約800万円をはたいてクラブを開いた。
だが、施設は列車のコンテナに体操器具を持ち込んだだけ。生徒は思うように集まらず、内村選手と2歳下の妹春日(はるひ)さん(17)の4人家族はコンテナで寝泊まりした。「(コンテナの)あちこちに虫の死がいがあったんです。布団もカビだらけ」と周子さんは振り返る。
和久さんは午前5時からうどん屋で働き、眠い目をこすりながら指導を続けた。「駄目になったらラーメン屋でもやろう」。そう言って夫婦で支え合った。
やがて丁寧な指導が評価され、経営は次第に波に乗る。生徒は約150人に増え、開設から8年後、コンテナは3階建ての建物に変わった。
このクラブで内村選手は3歳から中学まで育った。初めはバック転もなかなかできなかったが、小学生になると「五輪に出る」と公言。約10メートルの巨大トランポリンで毎日跳びはね空中感覚を磨いた。
この日、和久さんは春日さんが出場する国内の体操競技大会で横浜市へ。周子さんは諫早市役所で生徒らとテレビで観戦した。内村選手の演技が始まるとミスを恐れ目を閉じていた周子さんは、銀メダルが決まった瞬間、母の小川彰子さん(74)と抱き合って喜んだ。電話で快挙を知らせた和久さんは「信じられない」と叫んだ。
周子さんは五輪開幕後、内村選手に電話もメールもしていない。「話をしたかったけど、本当に頑張っている人に『ガンバレ』って言えないし、言うべきじゃない。でもこれでやっと話ができます」。涙があふれ出た。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080815-00000025-maiall-soci
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内村選手の両親はすごいですね。コンテナで体操クラブをはじめるとはね。今回の息子の銀メダル獲得で体操クラブの生徒は倍増するのではないでしょうか。将来はメダリストが続々生まれるようになると良いですね。
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