昭和15年に川西航空機が97式飛行艇の後継機として試作、16年に初飛行に成功し、17年に二式大艇として海軍に正式採用された。
当時としては世界水準の飛行艇で、偵察、連絡、索敵、哨戒、救難、輸送などで太平洋各地で実戦に参加した。17年3月には3機編隊でその長い航続距離(最大7152キロ)を生かして真珠湾再攻撃を敢行したこともある。
武装は20ミリ機銃5門、7.7ミリ機銃4門の他に爆弾や、航空魚雷を搭載することができた。
輸送を専門とする「晴空」型の36機を含めて167機が生産されたが、制空権を奪われていく中、大型機だけに次々と撃墜、破壊され、終戦時に残っていたのは4機といわれている。
米軍は、3機を破壊し、残った1機を本国に輸送して性能などの各種試験を実施したが、その性能の高さに改めて驚いたといわれている。
現存する1機は、昭和54年に日本が引き取り、船の科学館での展示を経て、平成16年から鹿屋航空基地資料館の敷地内に展示されている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080927-00000532-san-soci
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空飛ぶ戦艦とはすごいですね。ぜひ一度見てみたいものです。
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